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広島地方裁判所 昭和31年(行)6号 判決 1960年5月17日

原告 有限会社 高林房太郎商店

被告 広島国税局長

訴訟代理人 加藤宏 外八名

主文

一、被告が原告の昭和二七年七月一日から昭和二八年六月三〇日までの事業年度分法人税に関し昭和三三年七月二八日付をもつてなした所得金額を金一、八四八、八〇〇円とする旨の審査決定のうち金一、六〇八、八〇〇円を超過する部分を取り消す。

二、被告が原告の昭和二八年七月一日から昭和二九年六月三〇日までの事業年度分法人税に関し昭和三三年七月二八日付をもつてなした所得金額を金二、九二四、七〇〇円とする旨の審査決定のうち、金二、六八四、七〇〇円を超過する部分を取り消す。

三、原告のその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、原告の申立

一、被告が昭和三三年七月二八日付でした、原告会社の昭和二七年七月一日から昭和二八年六月三〇日まで及び同年七月一日から昭和二九年六月三〇日までの各事業年度分の法人税審査決定を取り消す。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二、被告の申立

第二、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第三、請求の原因として原告が主張した事実

一、原告は金物・度量衡器・計量器等の販売を主たる目的とする有限会社であるが、法人税の確定申告として米子税務署長に対し原告の昭和二七年七月一日から昭和二八年六月三〇日までの事業年度分法人税額を金七五一、七七〇円、昭和二八年七月一日から昭和二九年六月三〇日までの事業年度分法人税額を金一、一六四、四三〇円と申告したところ、同税務署長は昭和二七年七月一日から昭和二八年六月三〇日までの事業年度分法人税額を金九五三、三七〇円とする更正処分、昭和二八年七月一日から昭和二九年六月三〇日までの事業年度分法人税額を金一、三六五、三五〇円とする更正処分をした。

そこで原告は右各更正処分を不服として同税務署長に対し再調査の請求をしたところ、右請求を棄却されたので被告に対し審査の請求をした。これに対し被告は昭和三〇年一月一三日付をもつて、右各更正処分を一部取り消し、昭和二七年七月一日から昭和二八年六月三〇日までの事業年度分法人税額を金九三八、二五〇円とする旨の審査決定及び昭和二八年七月一日から昭和二九年六月三〇日までの事業年度分法人税額を金一、三五〇、九一〇円とする旨の審査決定をしたが、昭和三三年二月一三日右各決定を取り消し、同年七月二八日付をもつて右各更正処分を一部取り消し、昭和二七年七月一日から昭和二八年六月三〇日までの事業年度分法人税額を金八五二、五七〇円とする旨の審査決定及び昭和二八年七月一日から昭和二九年六月三〇日までの事業年度分法人税額を金一、二七五、五一〇円とする旨の審査決定をなし、その頃その旨を原告に通知した。

二、しかし、被告のなした右各審査決定には次のような違法がある。

原告は右各事業年度における所得金額の算定にあたり原告会社代表取締役高林房太郎及び監査役高林むめこの給与月額をそれぞれ金三万円として、その年間合計額七二万円を損金として計上したのに対し、被告は右各審査決定において高林房太郎の給与月額を金二万三千円、高林むめこの給与月額を金一万七千円と認定し、その年間合計額四八万円を超過する金二四万円の損金算入を否認したのであるが、これは原告の業態、右両名の原告会社における勤務状況等からみてその認定を誤つたものというべきである。

よつて原告は右各審査決定の取り消を求めるため本訴に及んだ。

第四、請求の原因に対する被告の答弁及び主張

一、請求原因事実のうち原告主張の各審査決定にその主張のような違法があるとの点は争うが、その外の事実は全部認める。

二、被告が法人税法第三一条の三の規定により原告会社代表取締役高林房太郎の給与月額を金二万三千円、監査役高林むめこの給与月額を金一万七千円と認定し、その年間合計額四八万円を超過する金二四万円の損金算入を否認した理由は次のとおりである。

原告は法人税法第七条の二第一項に該当する同族会社であるが、原告が右両名に支給した給与の額は原告と業種、業態、規模等の類似する他の会社の役員の給与に比して不当に多額であるのみならず、高林房太郎は高齢のため原告会社の業務の決定及びその執行を原告会社専務取締役である高林健治に一任し、自らは自宅において個人としての資格で改良焚口の研究に従事しているものであり、又高林むめこは監査役であるのに、現実には原告会社の金銭出納の管理、売上伝票の整理等の経理事務の一部を相当しているにすぎないので、同人等の給与額は同人等が原告会社の業務に従事している状況からみても不当に多額であると認められ、以上の点を考慮すると高林房太郎については月額二万一千円程度、高林むめこについては月額九万六千円程度が妥当であると認められたのである。しかしながら被告は以上の外に原告の経営の規模や昭和二六年七月一日から昭和二八年六月三〇日までの事業年度における同人等に対する給与支給の状況等を考え合せ、前記のように高林房太郎については月額二万三千円、高林むめこについては月額一万七千円が適正額であると認定し、原告の計算を否認したのである。

従つて被告のなした右各審査決定には原告主張のような違法はない。

第四、被告の主張に対する原告の答弁

被告主張の事実中、原告が同族会社であることは認めるが、その外の事実は争う。高林房太郎は原告会社の代表取締役として原告会社の業務執行にあたる外、営業の重要事項について専務取締役高林健治と協議したり、原告の業務として改良焚口の研究、古鉄の売買、機械、道具類の発注販売等に従事するなど、毎日午前八時から午後五時頃まで原告会社に常勤していたものであり、又高林むめこは営業上の重要事項について取締役と協議したり、金融の交渉をしたりする外、金銭の出納、会計帳簿の記帳、検査、商品の販売、従業員の監督、来客の応待等の業務を担当し、毎日午前八時から午後七時頃まで原告会社に常勤したものである。

第五、立証<省略>

理由

一、原告が法人税の確定申告として米子税務署長に対し、原告の昭和二七年七月一日から昭和二八年六月三〇日までの事業年度分の法人税額を金七五一、七七〇円、昭和二八年七月一日から昭和二九年六月三〇日までの事業年度分の法人税額を金一、一六四、四三〇円と申告したところ、同税務署長が昭和二七年七月一日から昭和二八年六月三〇日までの事業年度分の法人税額を金九五三、三七〇円とする更正処分、昭和二八年七月一日から昭和二九年六月三〇日までの事業年度分の法人税額を金一、三六五、三五〇円とする更正処分をしたこと、原告が右各更正処分を不服として被告に審査の請求をしたところ、被告が昭和三〇年一月一三日付をもつて右各更正処分を一部取り消し、昭和二七年七月一日から昭和二八年六月三〇日までの事業年度の法人税額を金九三八、二五〇円、昭和二八年七月一日から昭和二九年六月三〇日までの事業年度の法人税額を金一、三五〇、九一〇円とする旨の審査決定をしたが、昭和三三年二月一三日右各審査決定を取り消した上、同年七月二八日付をもつて、右各更正処分の一部を取り消し、昭和二七年七月一日から昭和二八年六月三〇日までの事業年度の法人税額を金八五二、五七〇円とする旨の審査決定、昭和二八年七月一日から昭和二九年六月三〇日までの事業年度分の法人税額を金一、二七五、五一〇円とする旨の審査決定をなし、その頃その旨を原告に通知したことは、いずれも当事間に争いがない。

二、そこで被告のなした本件各審査決定が適法なものであるかどうかについて判断することとする。

(一)  まず、被告が前記のとおり先になした各審査決定を取り消して、さらに本件各審査決定をしたことが適法であるかどうかの点について考えてみるのに、国税局長のなす審査決定は準司法的な訴願手続として一つの争訟を判断するものであるから、一旦なされた審査決定には確定力ないしは不可変更力が生じ、当事者が一定期間内に行政訴訟手続によつてこれを争い、それに基いて裁判所によつて取り消される場合の外は、原則として国税局長においてこれを勝手に取り消したり、変更したりすることは許されないけれども、その後において新たな判断の資料が生じ、原審査決定を維持するときは著しく納税者の権利利益を害すると認められる場合には、例外的に国税局長においてこれをその限度で取り消し又は変更することができると解するのが相当である。本件について考えてみるのに、証人藤井正雄、同清水五郎の各証言によると、被告は先になした各審査決定に対し本件訴訟が提起された後、再検討したところ、その内容において不当に役員給与を否認した瑕疵があつて、右各審査決定を維持することは著しく課税の公平を害するものと認めたので、再び広島国税局協議団の協議を経た上、新たな判断の資料に基き本件審査決定をなしたものである事実が認められるから、本件各審査決定はこの点だけをとり上げてみれば適法であるというべきである。

(二)  次に、原告が本件各事業年度における所得額の算定にあたり原告会社代表取締役高林房太郎及び監査役高林むめこの給与月額をそれぞれ金三万円として、その年間合計額七二万円を損金として計上したのに対し、被告が本件各審査決定において高林房太郎の給与月額を金二万三千円、高林むめこの給与月額を金一万七千円と認定し、その年間合計額四八万円を超過する金二四万円の損金算入を否認したことは当事者間に争いないところ、被告は右給与の否認は適法であると主張するに対し、原告はこれを争うのでこの点について判断する。

(1)  まず、法人税法三一条の三の同族会社の行為、計算の否認の規定の趣旨について考えてみるのに、同条は同族会社のように同族関係者によつて経営の支配権が確立されているところでは、税金逋脱の目的で、非同族会社では容易になし得ないような行為、計算をするおそれがあるので、両者の課税負担の公平を期するためかかる場合にはその行為、計算を否認し、非同族会社が通常するであろうところの行為、計算に従つてその課税標準を計算しうる権限を徴税機関に認めた規定であると解すべきである。

ところで有限会社における役員の額は定款にその額を定めないときは、社員総会において自由にこれを決しうるものであるが、右給与は会社の計算上損金に計上され、その額が増加すれば損金が増大して会社利益が減少する関係にあるため、一般に非同族会社においては社員の利益追求上右給与額は自ら一定の適正額にならざるを得ないものであるのに反し、同族会社においてはその役員に多額の給与を支払つて不当な利益を得させるとともに、会社の計算上はこれを損金に計上して不当に税負担を免れることが容易である。この点を考えると、同族会社がその役員等に支給した給与の額が、その同族会社の業種、業態、規模等の類似する非同族会社がその同族会社の役員と経験、能力、勤務状況等の類似する役員に対して通常支給する給与の額に比較して不当に多額であると認められる場合は、法人税法第三一条の三の規定によりその不当に多額であると認められる金額を損金として計上することを否認して課税標準を計算できるものと解するのが相当である。

(2)  そこで原告会社が高林房太郎に支給した給与の額についてみるのに、(イ)成立に争いのない乙第一ないし第一〇号証の各一、二、甲第一〇号証並びに証人藤井正雄の証言によると、広島国税局管内で金物卸及び小売業を営む会社一〇社のうち昭和二七年度ないし昭和二九年度において年間売上高が金五千円以上又は年間所得額が金百万円以上であつた会社の代表取締役の年間平均給与は金二四四、六一九円(月当り金二〇、二八五円)であつて、右一〇社のうち原告と業種、業態、規模の最も類似する有限会社原田金物店の代表取締役の年間給与は金三〇四、八〇〇円(月当り金二五、四〇〇円)であること、昭和三一年度における株式会社以外の会社の役員三九三、〇九六名の年間平均給与は二五万円(月当り金二〇、八三三円)であることが認められるから、原告が高林房太郎に支給した給与が右の給与額を超過していることが明らかである。(ロ)又証人田渕祐一、同三沢良夫、同高林健治、同横山正之、同藤井正雄、同岩崎次登の各証言及び原告会社代表者高林房太郎本人の尋問の結果を綜合すると、高林房太郎は高齢のため既に原告会社の第一線を退き、営業上特に重要な事項に限りその長男であつて原告会社の専務取締役である高林健治と協議したり、同人に助言したりする外は日常の業務の決定及びその執行は全て同人に一任し、自らは自宅において原告会社のため改良焚口の研究に従事しているものであることが認められる。以上(イ)及び(ロ)の認定事実によると、被告が高林房太郎の給与を不当に多額であると判断したのも一応もつともであると考えられる。しかしながら、前記乙第一ないし第一〇号証の各一、二に証人藤井正雄、同清水五郎の各証言によると原告と業種を同じくする前記会社のうちには原告と業態、規模の等しくない会社が含まれている上、その殆どが同族会社であり、しかもその給与の額は税務官庁において適正額として認容した額を掲げたものであることが認められるから、法人税法第三一条の三の規定に照らし、右給与額を以て直ちに適正額の認定に供すべき資料とすることはできず、又前記昭和三一年度における株式会社以外の会社の役員の平均給与も原告と業種、業態、規模等の類似する会社についての統計ではないことが明らかであるから、これ又適正額認定の資料とすることはできないのであつて、本件における全証拠をもつても前記高林房太郎に支給すべき給与の適正額を認めるには不十分であるといわざるを得ない。

そうすると原告が高林房太郎に支給した給与が適正額を越えるものであるかどうかは確定することができないから、被告のなした高林房太郎の給与の否認は違法であるといわなければならない。

(3)  次に高林むめこに対する給与の否認が適法であるかどうかについて判断するのに、証人田渕祐一、同三沢良夫、同高林むめこ、同高林健治、同横山正之、同藤井正雄、同岩崎次登の各証言並びに原告代表者高林房太郎本人の尋問の結果を綜合すると、高林むめこは高林房太郎の妻であつて、原告会社の監査役であるけれども、同人は監査役としての業務にはごく僅かしか従事せず、現実には原告会社の金銭の出納、会計帳簿の記帳、整理、商品の販売、来客の応待等使用人としての業務に従事しているものであることが認められ、証人田渕祐一の証言中、右認定に反する部分はたやすく措信することはできない。

ところで有限会社法第三四条、商法第二七六条によると、監査役は取締役又は支配人その他の使用人を兼ねることができないのであるが、その趣旨は専ら監査役の会計監査の公正を期することにあり、かつそれにとどまるものであるから、監査役が右規定に反し現実には使用人としての業務にも従事したときは同人に対する給与はその従事した業務の割合に応じて監査役に対する給与と使用人に対する給与とに区分さるべきであるが、本件におけるように監査役が現実には殆ど使用人としての業務に従事し、しかもその使用人としての業務と監査役としての業務の割合が不明である場合には、同人に対する給与は法律上、全額使用人に対する給与としてみるのほかはないから、原告が高林むめこに支給した給与は使用人給与と認めるべきである。

そして同族会社がその同族関係者である使用人に対して支給した給与も法人税法第三一条の三の規定による否認の対象となることは前記説明したところから明らかであり、それが適正額であるかどうかは結局役員給与におけるのと同様の観点に従つて判断さるべきである。

本件についてこれをみるに、前記乙第一号証の一、二、第五ないし第九号証の各一、二によると、広島国税局管内で金物卸業、小売業を営む会社のうち年間売上高が金五千万円以上又は年間所得額が金百万円以上の会社六社における同族関係者である女子使用人の年間平均給与額は金八二、二四〇円(月当り金六、八五三円)であることが認められるから、高林むめこの給与が右の平均給与額を越えていることが明らかであるけれども、右六社のうちには原告と業態、規模の類似しない会社が含まれている上証人藤井正雄、同清水五郎の各証言によると右平均値の基礎となる給与はいずれも税務官庁において適正額として認容した額を掲げたものであるから、右平均額をもつて適正額認定の資料とすることはできない。又証人高林健治の証言により真正に成立したと認められる甲第一号証の二、三によると、原告会社において経理事務を担当している女子事務員前崎幸子の給与月額は金七千円ないし金八千円程度であることが認められ、原告が高林むめこに支給した給与のほうがはるかに多額であることが明らかであるが、右甲号証と証人田渕祐一、同高林むめこの各証言及び原告会社代表者高林房太郎本人の尋問の結果を綜合すると、前崎幸子は昭和二八年頃原告会社に雇われたものであるのに対し、高林むめこは昭和一九年以来終始その夫である高林房太郎とともに原告会社の経営に専念してきたものであることが認められるから、高林むめこの給与が前崎幸子の給与に比較して多額であるのは当然であつて、前掲甲号証をもつて適正額認定の資料とすることはできず、他に本件における全証拠によつても高林むめこの給与の適正額を認めるに十分でない。

そうすると、原告が高林むめこに対し支給した給与が適正額をいくら越えるものであるかを確定することはできないから、被告のなした高林むめこの給与の否認も違法であるというべきである。

三、以上の次第であるから、本件各審査決定中、被告が高林房太郎及び高林むめこの給与額合計金七二万円のうち金二四万円の損金算入を否認した部分はいずれも違法であるが、その余の部分は、原告において明らかに争わないから適法であるというべきである。

ところで、成立に争のない甲第一一号証の一ないし四によると、被告が本件各審査決定において、原告の昭和二七年七月一日から昭和二八年六月三〇日までの事業年度分法人税の差引所得金額を金一、八四八、八〇〇円、昭和二八年七月一日から昭和二九年六月三〇日までの事業年度分法人税の差引所得金額を金二、九二四、七〇〇円と決定したことが認められ、右認定を覆えす証拠はない。そうすると、原告の昭和二七年七月一日から昭和二八年六月三〇日までの事業年度分法人税の課税標準となるべき差引所得金額は、金一、八四八、八〇〇円から金二四万円を控除した金一、六〇八、八〇〇円、昭和二八年七月一日から昭和二九年六月三〇日までの差引所得金額は金二、九二四、七〇〇円から金二四万円を控除した金二、六八四、七〇〇円であることが計算上明らかであり、右各審査決定中、右金額を越える部分はいずれも違法として取消さるべきである。

よつて、原告の本訴請求は右の限度で理由があるからこの部分を認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮田信夫 西俣信比古 山田和男)

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